求められる国語力

「小さく打つと小さく響き、大きく打つと大きく響く」

これは、坂本龍馬西郷隆盛に会った後に、勝海舟に語った言葉。

人を見てその人に合った話し方、その人に伝わるように話さなければ伝わらない。

それには、鋭い観察眼と、言葉の引き出し、説明する国語力が必要とされる。

例えば、靴ひもの結び方はみんなが分かっていても、それを説明するのは難しい。
覚えれば簡単にできることも、説明することは極めて難しい。

今後、農業の世界もどんどん人は減って行く。
その時に、「いままでこうやってきたからこうなんだ!」
       「仕事は見て覚えろ!」

は、単に説明能力の欠如に過ぎないと思う。
だから暴力に訴えたり、仲間外れにしてるだけで、根本的な解決には全く至らない。
この行為は全てが「自分主体」の行動に過ぎないから。

説明する目的はどこにあるのか?
なぜそれを説明する必要があるとか?
など、そもそもを追って行かないと本質を忘れていつの間にかあらぬ方向に行動が及んでしまう。

今後は本質や目的、あるいは根拠の説明能力のある人のもとに人が集まると考える。
そして、今スポーツの世界でも強いチームはどこも
「監督やコーチは考えるきっかけづくりだけで、主体は学生が運営する」というところが圧倒的に強くなっている。

指示される集団は、トップの頭の中が未来予想出来ているうちは通用するが、トップがその能力を失うと
その集団がダメになる。
考える集団を作るのは時間がかかるが、一度作ってしまうと、自主的に考え、行動し、変化して行くのでどんどん
進化し、対応して行く。

これからは「話の聞けないボス」じゃなくて「教養のあるリーダー」が必要な時代でしょうね。