「怒る」と「叱る」
「怒る」と「叱る」では全く意味が違うが、怒っているだけの人間に叱るを説明することはまず無理だ。
「怒る」はただの感情表現であり、一人でもできる行為。
「怒る」のは説明力の不足、或いは、頭の中の引き出しの少なさ、または、経験値の少なさの露呈じゃないかと思う。
一方で
「叱る」は一人ではできない。相手が存在する行為。
「叱る」は、相手の事を思う行為であり、相手が理解できる言葉を選ぶ必要がある。
当然、相手の性格も含めて観察する必要があるので、その場の感情を爆発 させるのではない。当然、叱られた側も納得いくことを指摘されているので聞く態勢に入る。
つまり、「叱る」は次に進むことが出来るが、「怒る」は次が無い。
最近の若い奴は・・・って言ってる人ほど、観察眼が鋭くないし、言葉選びが下手だ。なおかつ、未経験の人間に物事が簡単に出来るのであれば、経験を積んだ人間の経験は、経験ではなくなる。
未経験の人間に対して、分かるように説明出来て、より早くそれが出来るようにする能力が「経験値」だ。
最近の若い奴だからって、能力がないわけでも、物事を考えてないわけでもない。そういうことを言ってる側の経験値と頭の引き出しが不足しているだけの話。
ちゃんと教えればちゃんと育つ。任せれば失敗しながら成長する。
それには、任せるだけの度量と、ミスをした時にリカバリーできるだけの経験が必要。リカバリー能力が大きいほど、ミスも「分かっていて」放っておける。それは全部経験値となって身につくものになる。
育たないのは、いちいち口出しするからでね・・